労働環境の変化に合わせて、新しいスキルや知識を習得する「リスキリング」が注目されています。その必要性は、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)といった最新テクノロジーの発達を受け、いっそう高まっているといってよいでしょう。
しかし一方で、リスキリングにどこから取り組めばよいのか、戸惑っている実施担当者の方も多いのではないでしょうか。そこで本記事では、リスキリングを実施している企業の事例を紹介しながら、導入する際のポイントと導入のステップを解説します。
【本記事で得られる情報】
・リスキリングの導入事例
・リスキリングが必要とされる背景
・リスキリングのメリット
・リスキリングを導入する際のポイント
・リスキリングの導入ステップ
・リスキリングの課題
リスキリングとは?~必要とされる背景と導入メリット
企業の導入事例を紹介する前に、リスキリングについてあらためて整理しておきましょう。
リスキリングの意味
リスキリング(reskilling)とは、変化する労働環境や成長分野の業務に適応するため、新たなスキルや知識を習得する取り組みのことです。日本政府もリスキリングを推奨しており、経済産業省ではリスキリングを次のように定義しています。
「新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること」
(経済産業省/リスキリングとは―DX時代の人材戦略と世界の潮流―より)
リスキリングと似た概念に、「リカレント教育」があります。リカレント教育とは、個人が主体となり就いている職を離れ(休職または離職)、大学や大学院、ビジネススクールといった教育機関で学び直し、再び就職する取り組みのことです。
企業が主体となり従業員に研修の場を提供し、基本的に実務を続けながら必要なスキルを習得するリスキリングとは、大きな違いがあります。
日本でリスキリングが必要とされる背景
今なぜ、日本でリスキリングが必要とされているのでしょうか。ここでは、その背景を考察します。
【リスキリングが必要とされる背景】
・DXの促進
・テクノロジーによる労働環境の変化
・世界的注目の高まり
日本は、少子高齢化による労働力不足が顕著です。加えて、生産性も低いと言われています。DXの促進は、不可欠の課題。人材の育成は、待ったなしの状況でしょう。また、AIに代表されるテクノロジーの発達は、労働環境を劇的に変える可能性があります。変化に対応するには、従業員のスキルアップが欠かせないのです。
さらに、リスキリングは世界的にも注目が高まっています。そのきっかけは、「2030年までに10億人をリスキリングする」という2020年のダボス会議で掲げられた目標です。こういった現状、そして世界的な流れを受け、日本においてリスキリングの必要性が高まっているのです。
企業におけるリスキリングのメリット
では、リスキリングのメリットを考えてみましょう。
【リスキリングのメリット】
・業務の効率化
・採用コストの削減
・ビジネス領域の拡大
・従業員満足度やエンゲージメントの向上
先に述べた通り、リスキリングが必要とされる背景には、DXの促進があります。リスキリングでDX人材を育成できれば、業務は効率化し生産性の向上を図れるでしょう。社内で人材育成ができれば、採用コストの削減につながります。新しいスキルの習得によって、ビジネス領域の拡大も期待できるでしょう。
こういった前向きかつポジティブな変化は、従業員の成長意欲を高め、それが従業員満足度やエンゲージメントの向上につながっていきます。リスキリングには、このようなメリットがあるのです。
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リスキリングの導入に成功した会社の具体例5選
それでは、リスキリングの導入に成功している会社の事例を紹介しましょう。
株式会社日立製作所
日立製作所は、DX人材の育成強化のためリスキリングに取り組んでいます。具体的には、「Degreed」と呼ばれる学習体験プラットフォームを導入。従業員が空いた時間に、eラーニングによって多様なコンテンツを学習できるプログラムを整備しています。
プラットフォームは、リコメンド機能付き。従業員各自が学びたい分野を、テキストや動画を活用しながら学習しています。日立製作所が支援するのは、従業員の「自律的な学び」です。この支援によって、従業員一人ひとりの意欲に合わせて継続できる学習スタイルが好評です。
ダイキン工業株式会社
ダイキン工業は、AIの活用やデータサイエンスの人材開発をメインにリスキリングに取り組んでいます。その特徴は、「モノづくり・製品・ソリューション」の各領域にIT化を広げ、AIやデータを活用していくことにあります。
人材開発を進めるために、大阪大学と連携して「ダイキン情報大学」を設置。2年間で、AIやデータサイエンスに対応する人材を育成します。ダイキン情報大学には、既存の従業員も応募が可能。これまでに、1,500人を育成することに成功しています。
キャノン株式会社
キャノンは、新しい事業分野に人材をシフトするためにリスキリングを進めています。具体的には、事務機器部門で働いている従業員を、成長性が高い医療機器部門にシフトするというものです。研修には、クラウドを活用。対象の従業員は、ソフトウェア開発を習得し、新しい事業部門に配属されます。
キャノンのリスキリングは、事業領域の拡大に対応した人材の育成が、新しい事業分野へのシフトを可能にすることを示す好例と言えるでしょう。
味の素株式会社
味の素は、2030年までに「食と健康の課題解決企業」への転換を目指し組織改革を進めています。それには、DXの促進が不可欠。「生産性・競争力・企業価値」の向上を目標に、従業員の主体的なリスキリングへの参加を支援しています。
具体的には、「ビジネスDX人財育成コース」という社内教育制度を導入。2030年までに、全従業員をDX人材に育成する予定です。その他、AIを活用した物流プロジェクト、またフードテック企業と連携しビジネス領域の拡大を目指すなど、リスキリングによるスキルアップを様々なプロジェクトに展開しています。
武田薬品工業株式会社
武田薬品工業は、自社によるデジタル人材の育成を目指し「リスキリングプロジェクト」をスタートさせています。独自のプログラムの特徴は、現場で顧客対応していた従業員が新たにデジタルスキルを習得し、顧客目線のデジタル化を実現することにあります。
選抜された従業員は、現場を離れて半年間の研修プログラムを受講。座学やワークショップ、OJTなど、インプットとアウトプットを繰り返しながらデジタルスキルを習得します。リスキリングは、従業員にも好評。DX人材を育てることに成功しています。
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企業がリスキリングを導入する際のポイント
ここからは、リスキリングを導入する際のポイントを見ていきましょう。
【リスキリングを導入する際のポイント】
・従業員のスキルと会社の状態を把握する
・導入目標と計画を明確化する
・組織として取り組む姿勢を共有する
・リスキリングの場を提供する
・長期的なサポート体制を構築する
詳しく解説します。
従業員のスキルと会社の状態を把握する
リスキリングを導入するにあたり、まず大切なことは従業員のスキルと会社の状態を把握することです。現在、従業員はどのようなスキルを持ちレベルはどのくらいなのか。また、市場における自社の優位性はどれ程あるのか。しっかりと把握する必要があります。
ここが明確でなければ、リスキリングの方向性が間違ったものになってしまいます。新しい取り組みを始めるときは、何事においても現状を深く理解することが重要なのです。
導入目標と計画を明確化する
自社の現状把握ができたら、次は導入目標と計画を明確化します。何のためにリスキリングを実施するのか、どのように進めていくのか導入目標を可視化します。目標は、直近に必要なスキルだけではなく、将来的に必要になるスキルを含め、中長期的な視点で考えることが重要です。
導入目標が明確になったら、それに基づいた形で導入計画を立てていきます。この段階で、対象となる従業員を選定することも忘れてはなりません。
組織として取り組む姿勢を共有する
リスキリングには、企業が組織として取り組んでいくことを従業員と共有しましょう。従業員が個人として、リスキリングに取り組むことは可能です。しかし、従業員主体で取り組むと、企業の方向性とミスマッチを起こす危険性があります。
リスキリングの効果を最大化するには、やはり企業が主体となり積極的に支援体制を整えていきましょう。組織の姿勢を示すことで、方向性が定まり継続的なサポートも提供しやすくなるでしょう。
リスキリングの場を提供する
企業が主体となり、リスキリングの場を提供します。対象となる従業員は、基本的に通常業務をこなしながら研修に参加します。従業員の負担にならない、教育プログラムの構築が必要不可欠。業務量を調整する、無理のないスケジュールを設定するといった対応が必要です。
また、リスキリングは会社のためだけではなく、従業員のキャリア形成を意識したプログラムを提供しましょう。継続する意識が高まるばかりでなく、従業員の定着率を高めることにもつながります。
長期的なサポート体制を構築する
リスキリングで新しいスキルを習得するには、時間がかかります。時間がかかっても、従業員のモチベーションが低下しないよう、長期的なサポート体制を構築する必要があります。定期的に面談を実施する、スキルをアウトプットする場を作るなど、モチベーションを下げない工夫が重要です。
リスキリングは、長期的に取り組んでこそ大きな効果を発揮します。外部の専門会社を活用し、メンタリングやコーチングを実施することも、従業員のモチベーション維持には有効です。
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リスキリングの導入ステップ
続いて、リスキリングの導入ステップを解説しましょう。
【リスキリングの導入ステップ】
1.必要なスキルを可視化し組織課題を洗い出す
2.習得すべきスキルを選定する
3.教育プログラムを決定する
4.リスキリングを実践し効果を評価する
ひとつずつ見ていきます。
1.必要なスキルを可視化し組織課題を洗い出す
会社にとって必要なスキルを可視化し、組織課題を洗い出します。これは、事業戦略を達成するスキルを持った人材要件を明確化し、現時点とのギャップを課題として設定することを意味します。
尚、スキルの可視化や組織課題の洗い出しには、組織サーベイの活用がおすすめです。組織サーベイによって、従業員のスキルや会社の状態を定量的に把握することができます。コストは発生しますが、リスキリングをより効果的にするためにも検討したい施策と言えるでしょう。
2.習得すべきスキルを選定する
人材要件が決まり組織課題を設定したら、習得すべきスキルを選定します。状況によっては、組織課題が複数におよぶケースもあるでしょう。
習得すべきスキルが多岐にわたる場合は、事業戦略に照らして、優先順位の高いものからリスキリングしていくことが重要です。
3.教育プログラムを決定する
スキルを選定したら、次はリスキリングの教育プログラムを決定します。教育プログラムは、明確化した人材要件をゴールとして設計し、そこから逆算する形で習得までのスケジュールを決めていきます。
主な学習方法は、「研修・オンライン・eラーニング・大学」などです。いくつかの学習方法を用意しておくことで、リスキリングが継続しやすくなります。また、リスキリングを自社で実施できない場合は、外部講師や専門会社の教育コンテンツを活用することを検討しましょう。
4.リスキリングを実践し効果を評価する
いよいよ、リスキリングを実践します。ここで大切になるのが「進捗管理」です。従業員のモチベーションを維持しながら、習得レベルを管理していきましょう。
尚、習得したスキルは現場で活用してこそ本当の意味を持ちます。スキルの習得レベルを確認する現場実習を行いながら、結果をフィードバック。リスキリングの効果を評価していきます。
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リスキリングの課題
ここからは、リスキリングの課題を考察してみます。
【リスキリングの課題】
・従業員のモチベーションが維持できない
・時間と費用がかかる
・習得すべきスキルが明確化できない
ひとつずつ解説します。
従業員のモチベーションが維持できない
リスキリングの課題として、従業員のモチベーションを維持できないことがあげられます。今まで持っていない新しいスキルを習得するには、相応のストレスがかかります。習得スピードの違いで、出遅れ感を持つ従業員もいるでしょう。ストレスや出遅れ感は、モチベーションを低下させてしまいます。
モチベーションの維持は、リスキリングの大きな課題です。対策は、サポート体制を構築すること、また習得したスキルを活かせる場を必ず用意することです。加えて、リスキリングが評価につながることを従業員に周知することも、モチベーションを維持することにつながります。
時間と費用がかかる
先に述べた通り、新しいスキルを習得するには時間がかかります。また、リスキリングの教育プログラムを構築するにも、時間と専門的な知識、そして費用が必要です。リスキリングには、時間と費用がかかるのです。リスキリングを外部委託する場合は、さらに費用がかかります。
リスキリングを導入する際は、「求める人材要件のレベルに達するまでの期間」「自社で行うのか外部委託するのか」「費用はどれくらい必要なのか」といったことを、前もって把握しておくことが重要です。
習得すべきスキルが明確化できない
リスキリングによって、習得すべきスキルが明確にできないことも課題のひとつです。「会社にとって必要なスキルとは何か」「どの従業員を対象に何を学んでもらうのか」、会社サイドが正確に把握できていないケースは少なくありません。
習得すべきスキルを明確化することは、リスキリングの成果を左右する重要課題です。前項の「リスキリングの導入ステップ」に沿ってスキルを明確化し、教育グプログラムに落とし込んでいきましょう。
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最後に
リスキリングの導入事例を紹介しながら、導入ポイントと導入ステップ、リスキリングの課題を解説しました。本文でも述べましたが、リスキリングを導入するにあたり、最も重要なことは「従業員のスキルと会社の状態を把握する」ことです。
従業員が現在持っているスキル、そして市場における会社の優位性を把握することからリスキリングの導入は始まります。では、どのような方法で把握すればよいのでしょうか。自社で調査することは、不可能ではありません。しかし、時間的な負担と正確性を考えれば、費用はかかっても専門会社が提供する組織サーベイを活用するのがベターと言えます。
リアルワン株式会社は、組織サーベイの専門会社です。第一線の専門家が監修する、「従業員満足度調査(ES調査)」「エンゲージメントサーベイ」「360度評価」で従業員のスキルと会社の状態を定量的に可視化します。導入の際には、適切な組織サーベイの選定や設計、実施、実施後のフィードバックといったサポートをトータルで提供しています。
リスキリングを導入するにあたり、従業員のスキルと会社の状態を把握したいとお考えの実施担当者の方は、リアルワンの組織サーベイをぜひご活用ください。