職場のメンタルヘルス対策とは?「3つの予防」と「4つのケア」を解説

昨今、世界中で職場のメンタルヘルスへの関心が高まっており、企業はコンプライアンスの観点、リスクマネジメントの観点、経営戦略の観点からメンタルヘルス対策へ取り組む必要があります。本記事では、メンタルヘルス対策の基本的な考え方と具体的な取り組みについて解説します。

この記事を監修した人
青山 愼
青山 愼

立命館大学経済学部卒業。早稲田大学ビジネススクールでMBAを取得。在学中に、「組織学習」や「個人の知の獲得プロセス」に関する研究を経て、リアルワン株式会社を設立。企業や組織が実施する各種サーベイ(従業員満足度調査・360度評価・エンゲージメントサーベイ等)をサポートする専門家として活動。現在は累計利用者数が100万人を超え、多くの企業や組織の成長に携わる。

メンタルヘルスの定義

社員

メンタルヘルスという言葉が浸透し、多くの人が自分自身、部下、従業員のメンタルヘルスについて考えるようになりました。しかし、どのような状態がメンタルヘルスにあたり、どのような状態がメンタルヘルス不調にあたるのかを説明できる人は多くありません。そのため、まずはメンタルヘルスとメンタルヘルス不調の定義についてご紹介します。

メンタルヘルスとは

1930年に開催された「第1回世界精神衛生連合」では、メンタルヘルスを以下のように定義しています。

  • 身体、知性、情緒などがよく調和されていること
  • 環境に対して適応し、社会的に他の人びととよく折り合っていること
  • 自分は幸福であるという感じを持てること
  • 仕事や職業に対して、自己の能力がよく発揮され、能率的な生活ができること

また、イギリスの産業メンタルヘルス研究者のリング氏は、「職場におけるメンタルヘルスを考える目的とは、個人のストレスを最小化し、共同の成果を最大化すること」と述べています。

「第1回世界精神衛生連合」の定義の中でも環境への適応や他人との折り合いについても触れられていることからも、メンタルヘルスは集団と密接な関連性があると言えるでしょう。

メンタルヘルス不調とは

厚生労働省は「労働者の心の健康の保持増進のための指針」にて、メンタルヘルス不調を以下のように定義しています。

精神および行動の障害に分類される精神障害や自殺のみならず、ストレスや強い悩み、不安など、労働者の心身の健康、社会生活および生活の質に影響を与える可能性のある精神的および行動上の問題を幅広く含むものをいう。

つまり、メンタルヘルス不調とはうつ病などの診断項目に該当する状態だけではなく、日常生活の中で全般的に適応能力が低下している状態を指します。適応力が低下している状態の例としては、不安、緊張、イライラ、作業能率の低下、勤務状態の不良、対人関係のトラブル増加などが挙げられます。

メンタルヘルス対策の重要性が増している背景

女性社員

メンタルヘルス対策がどの企業にとっても重要であることは言うまでもありません。メンタルヘルス不調は悪化すると不幸な事態に至るリスクがあります。次に、メンタルヘルス対策が日本で注目されるようになった背景を解説します。

メンタルヘルス不調による自殺者の増加

警視庁の自殺統計によると、日本では1998年から自殺による死亡者が急増し、その数は30,000人に達しました。2003年に34,427人とピークを迎え、2006年に自殺対策基本法が制定されました。さらに同年、厚生労働省によって「労働者の心の健康の保持増進のための指針」が発表され、企業にてメンタルヘルス対策が実施されるようになりました。

2009年以降、自殺者の数は減少し、2012年には30,000人を割り、2015年から1998年以前の水準の20,000人台に戻りました。しかし、2020年の新型コロナウイルスの影響を受けて自殺者が再び増え始めており、油断はできない状況です。

また、年齢別の死因統計からも、生産年齢人口のうち15歳〜49歳までの死因のほとんどは自殺が占めていることが分かります(表1)。労働者の自殺は、バブル崩壊、リーマンショック、新型コロナウイルスの流行など景気低迷による経済的困窮が原因のように見えますが、経済的困窮な状況に陥った人すべてが自殺をしていないことからも、経済的困窮と自殺の間に存在している強い精神的ストレスこそが自殺の原因であると考えられています。

【表1】令和2年の年齢別の死因

年齢第一位第二位
15〜19歳自殺不慮の事故
20〜24歳自殺不慮の事故
25〜29歳自殺悪性新生物
30〜34歳自殺悪性新生物
35〜39歳自殺悪性新生物
40〜44歳悪性新生物自殺
45〜49歳悪性新生物自殺
50〜54歳悪性新生物心疾患
55〜59歳悪性新生物心疾患
※出典:厚生労働省「人口動態統計月報年計(概数)の概況」(2020年)より抜粋

職場のストレスの増加

厚生労働省が2021年に実施した「労働安全衛生調査(実態調査)」によると、54.2%の労働者が仕事や職業生活での強い不安、悩み、ストレスを感じていると回答しています。ストレスの内容としては、1位「仕事の量」、2位「仕事の失敗、責任の発生等」、3位「仕事の質」、4位「対人関係」と続きます。

また、2021年にOECD(経済協力開発機構)が発表した「メンタルヘルスに関する国際調査」では、日本でうつ病やうつ状態にある人の割合は、2013年は7.9%であったにもかかわらず、2020年は17.3%と2倍以上に増加しています。

上記のほかに、強いストレスがかかっているけれど本人が自覚していない、あるいは本人が認めていないケースもあります。そのため、潜在的なメンタルヘルス不調者を含めると、ストレスを感じている労働者やうつ状態・うつ病を患っている労働者は、調査結果よりも多いのではないかと推測できます。

職場のメンタルヘルス対策とは

休憩

職場におけるメンタルヘルス対策とは、厚生労働省が提唱している「心の健康に関する3つの予防」に取り組み、従業員の健康レベルを引き上げることを意味します。

一次予防:メンタルヘルス不調の予防

一次予防はメンタルヘルス不調になることを未然に防ぐための対策です。具体的には本人によるストレスマネジメント、管理職による業務内容の調整や部下への配慮、組織によるストレスチェックの実施や職場環境の改善、ストレスマネジメント研修の実施などが一次予防に該当します。

二次予防:メンタルヘルス不調の早期発見

二次予防はメンタルヘルス不調になっている状態を早期に発見し、治療に繋げるための対策です。二次予防で重要なポイントは、従業員と専門家の架け橋となる支援を構築することです。

例えば、従業員が自ら相談できる窓口の設置や産業医との面談機会のセッティングなどがあります。また、不調を抱える従業員が相談しやすい組織風土の醸成も二次予防を機能させる上で必要となるでしょう。

三次予防:職場復帰のサポート

三次予防はメンタルヘルス不調によって休職した従業員の職場復帰のサポートや再発防止のための対策です。医療機関の紹介、休職中の不安や焦りのケア、職場復帰の手続きやフォローなどがあります。

職場復帰は、適切な段取りで行わなければメンタルヘルス不調の再発リスクが高まります。厚生労働省のウェブサイトや産業医のアドバイスを参考に職場復帰のプログラムを構築しましょう。

メンタルヘルス対策の考え方1:2つのアプローチ

問診

メンタルヘルス対策には「疾病アプローチ」と「適応アプローチ」の2つの考え方があります。後者の適応アプローチは次にご紹介する4つのケアのラインケアとも関連する内容です。

疾病アプローチ

疾病アプローチとは、メンタルヘルス不調を疾病とその治療という枠組みで考えるアプローチです。メンタルヘルス不調が起きた際は、医師や臨床心理士などの専門家に任せるという対応を取ります。

適応アプローチ

適応アプローチとは、メンタルヘルス不調の原因をストレスに求めるアプローチです。職場でのマネジメントを通じて、ストレスを軽減したり、ストレスへの適応に向けた支援を行います。従業員に対する支援活動としては、管理職が部下の相談に乗ったり、教育や配置の見直しなどがあります。

メンタルヘルス対策の考え方2:4つのケア

肩こり

メンタルヘルス対策は「セルフケア」、「ラインによるケア」、「社内の産業保健スタッフ等によるケア」、「社外の専門家によるケア」の4つに分類され、それぞれが計画的かつ継続的に実施されていることが求められています。

さらに、4つのケアを適切に実施するためには人事部門を始めとした関連部署と各部門の管理職、産業保健スタッフ、社外の専門家との連携が不可欠です。

セルフケア

セルフケアとは、従業員自身がストレスに気づき、対処するケアです。企業は従業員が適切にセルフケアができるように、メンタルヘルスに関する情報提供を行うこと、セルフケアに関する相談を受けられる体制を整えておくことが厚生労働省によって示されています。

【取り組み例】

  • ストレスチェックの実施
  • メンタルヘルスやストレスマネジメントに関する教育研修の実施
  • 相談窓口の設置

ラインによるケア

ラインによるケアとは、職場の管理職による、職場環境の改善や個別の指導・相談を通じたケアです。部下の日々の仕事ぶりや態度からメンタルヘルス不調に陥っていないか観察し、「いつもと違う様子」を早期発見することが大切です。そのため、管理職は普段から部下とのコミュニケーションを心掛け「いつもの様子」を把握しておく必要があるでしょう。

また、従業員満足度調査エンゲージメントサーベイで従業員の心やモチベーションの状態を確認することもラインによるケアとして有効です。

【いつもと違う様子の例】

  • 遅刻、早退、欠勤が増える
  • 残業や休日出勤が多い
  • 仕事能率が低下し、ミスが増えている
  • 報告や相談、会話が減っている
  • 表情や言動に元気や活気がない
  • 身だしなみが乱れてきている
  • 対人関係のトラブルが増えてきている

【取り組み例】

社内の産業保健スタッフによるケア

社内の産業保健スタッフによるケアとは、産業医や衛生管理者によるセルフケア及びラインケアの支援、メンタルヘルス対策の企画立案、社外の専門家とのネットワーク形成などを指します。また、従業員からの個別相談を受け、助言や保健指導を行います。

【取り組み例】

  • メンタルヘルスケア対策の企画立案
  • 従業員向けの教育研修の実施
  • 休職した従業員のための職場復帰指導や支援
  • 社外の専門家とのネットワーク形成及び連携

社外の専門家によるケア

社外の専門家によるケアとは、病院、クリニック、従業員支援プログラム(EAP)などの外部の専門機関を活用したケアです。診断、カウンセリング、職場復帰の指導など、メンタルヘルス全般に関する支援を行います。

「社内にメンタルヘルス不調について知られたくない」、「社内に相談できる相手がいない」という悩みを持つ従業員にとって、社外の専門家によるケアはとても有効です。

【取り組み例】

  • 従業員支援プログラム(EAP)を活用する
  • 専門家から社内の産業保健スタッフに対するサポートを受ける

メンタルヘルス対策で得られる経済的効果

オフィス街

日本でも従業員支援プログラム(EAP)を導入する企業が増え、メンタルヘルス不調の予防や対応に取り組んでいます。ここでは、アメリカ企業の従業員支援プログラム(EAP)による経済的な効果の事例(※1)をご紹介します。

【モトローラ社】
・5年間でメンタルヘルスに関する医療費が4,200万ドル減少

【マクドネル・ダグラス社】
・メンタルヘルスに関する経費が年間28%削減
・入院日数が年間47%減少
・離職率が年間35%減少
・生産性が年間14%向上

【ポトマック・エレクトリック社】
・病欠が年間6.73日減少
・事故によるロスタイムが年間0.92時間減少
・医療への診療回数が年間1.67減少

メンタルヘルス対策は避けては通れない

ヨガ

2000年初期までは、メンタルヘルス不調は企業にとっては「見たくないもの、触れたくないもの」、従業員にとっては「見られたくないもの、触れられたくないもの」でした。しかし、自殺対策基本法や心の健康の保持増進に関する指針が発表されてからは、メンタルヘルス不調は避けてはならない問題となりました。

誰もがメンタルヘルス不調に陥る可能性があることから、今回ご紹介した対策を実施するだけではなく、メンタルヘルスに関する理解を組織全体として深め、従業員から相談しやすいメンタルヘルスアライな組織風土をつくることが大切です。

厚生労働省のガイダンスを参考に、ストレスチェックに加えて従業員満足度調査エンゲージメントサーベイも活用しながら、従業員のメンタルヘルス対策に取り組みましょう。

参考文献

  • ※1 保坂隆. 「産業メンタルヘルスの実際」. 株式会社 診断と治療社, 2006
  • 厚生労働省. 「労働者の心の健康の保持増進のための指針」. 2015
  • 一般社団法人 人間能力開発機構. 「現代の人事の最新課題」. 株式会社税務経理協会, 2022