経営に寄与する企業文化の本質とは?企業文化の概要と条件を解説

企業文化は、企業が対峙すべき重要な経営課題です。MITの組織心理学者のシャイン氏が「リーダーが行う真に重要な唯一の仕事は、文化を創造し、管理することである。また、リーダーとしての独自の資質は、文化を操作する能力である」と述べているように、企業文化は戦略的に創造される必要があります。本記事の前半では企業文化の概要や重要性などを解説し、後半では企業文化が組織の強みとして機能している好事例をご紹介します。

この記事を監修した人
青山 愼
青山 愼

立命館大学経済学部卒業。早稲田大学ビジネススクールでMBAを取得。在学中に、「組織学習」や「個人の知の獲得プロセス」に関する研究を経て、リアルワン株式会社を設立。企業や組織が実施する各種サーベイ(従業員満足度調査・360度評価・エンゲージメントサーベイ等)をサポートする専門家として活動。現在は累計利用者数が100万人を超え、多くの企業や組織の成長に携わる。

企業文化とは?

企業文化とは、ある事象が起こったときに、組織がどのように対応するかについて、事前に従業員や社外の取引相手などのステークホルダーに示すものです。そのため、企業文化は曖昧さがなく容易に伝達ができ、企業が直面する様々な予見できない事象に対して適応可能なものでなければなりません。

企業文化の役割とポイント

従業員は目標達成のために、会社の原則や価値観とは異なる行動をとることがあります。ときには、このような従業員の行動が重大な過失や不正に繋がり、企業価値を損なう事態を引き起こすこともあります。従業員が会社のために「良かれ」と思って行動したことが自社が望まない結果、過失や不正に繋がってしまった場合、正しい判断をする基準が曖昧だったと考えられます。

企業文化は、ある事象が起こったとき、あるいは目標達成のために、どのように行動するか判断する基準としての役割を果たします。そのため、第一に「シンプル」であることが求められます。第二に、企業文化は正しい意思決定と行動を促進するものであると、従業員から「信用される」必要があります。

組織風土、社風との違い

企業文化と似ている言葉に、組織風土と社風があります。いずれも社内に浸透し、従業員の価値観や行動様式と紐づいているため、混同されやすい言葉です。しかし、企業文化と組織風土、社風は似て非なるものです。ここでは、それぞれとの違いについて説明します。

企業文化と組織風土の違い

企業文化のように、社員の価値観や行動様式として企業に根付いている概念として、組織風土があります。そのため、企業文化と組織風土は混同されやすい概念ですが、「作り方(生まれ方)」と「外部の影響の受け方」において違いがあります。

企業文化は、企業がパーパスや目的を達成するために、「意識的に築き上げるもの」です。企業文化は、社会情勢・顧客・競合などの外部要因の影響を受け、戦略的に作られ、変化・進化をします。

一方、組織風土は企業の中で「自然発生的に生まれるもの」です。組織風土の具体例として、明示されていない暗黙のルールや習慣などが挙げられます。組織風土は企業の歴史や従業員の人間関係から生まれるもののため、内部の影響を受けて変化することはありますが、外部環境の影響は受けにくく、突然大きく変化することはない点が特徴です。

企業文化と社風の違い

社風とは、従業員が感じる企業の雰囲気や特徴を指します。雰囲気の例としては、明るい、温かい、活発などがあります。また、特徴の例としては、風通しの良い社風、新しいことにチャレンジする社風、伝統を重んじる社風、フラット人間関係の社風、サポートし合う社風、結果だけではなくプロセスも評価する社風などが挙げられるでしょう。

具体例で示したような内容は、企業文化の影響を受けて変わることがあります。つまり、社風は企業文化によって形成されるものなのです。そのため、社風は企業文化と似た言葉ではありますが、異なる概念であると考えられています。

企業文化の重要性と醸成するメリット

企業文化はなぜ重要なのでしょうか?ここでは、企業文化を醸成する4つのメリットを通じて、その重要性について解説します。

1. 権限委譲による迅速な意思決定の実現

企業規模や事業が拡大するにつれて、リーダーは権限委譲を行い、一部の意思決定を現場に委ねなければなりません。企業文化は、現場が自社にとってより望ましい意思決定をするための判断基準となります。

明示された企業文化があれば、適切な意思決定だけではなく、意思決定のスピードを上げることもできます。素早い意思決定は事業の成長を加速させ、競争優位性を高めます。

2. チームワークの質とスピードの強化

企業文化は従業員の共通価値観として機能し、結束力や一体感の強化、ベクトル合わせや協調体制の構築を促進します。そのため、人数が増えてきている成長企業、多様な人材を抱えている企業にとって、企業文化は特に重要であると言えます。

さらに、企業文化によって生まれた共通価値観や共通言語は、コミュニケーションの質とスピードを向上させます。従業員間の情報共有と連携が活性化することで、結束力や一体感が強化されていきます。

3. 従業員の自律による生産性の向上

企業文化があることで、従業員は自社が描くあるべき姿や目標、置かれている状況に対処するために、何をすべきか自ら考え、判断し、行動することができます。従業員が自律できる環境は、従業員にやり甲斐を与え、モチベーションを向上させ、個々のパフォーマンスを高めます。また、企業文化を起点に行動するため、自発的な行動でも大きなズレが発生する可能性が低くなります。

ひいては、高いモチベーションで企業文化に沿って自律的に行動する従業員が増えることで、組織全体の生産性向上を実現できると考えれます。

4. 自社にマッチした人材確保

企業文化があることで、自社の価値観にマッチした人材を採用しやすくなります。企業文化にマッチした人材はモチベーションの維持・向上がしやすく、既存の従業員と円滑に仕事ができ、退職しにくい傾向にあります。

良い企業文化の2つの条件

前述したメリットを享受し、競争優位性をもたらす企業文化には、どのような特徴があるのでしょうか?企業文化そのものは、多種多様です。しかし、成功している企業が持つ企業文化には共通点があります。

「日本の優秀企業研究」の著者である新原氏は、企業文化には2つの条件があると述べています。この2つの条件こそが、企業文化が企業の強みとして力を発揮する共通点であると考えられます。

【企業文化の条件】

  1. 企業文化の指し示す従業員の行動目標と経営者あるいは企業の目標とが同化していなければならない。
  2. 個々の従業員がある事態に直面したとき、その企業文化に従えば経営者と同一方向での判断を自らの判断で容易にできるものでなければならない。
新原浩朗「日本の優秀企業研究」日経ビジネス人文庫

これらの条件が満たされている状態とはどのような状態なのでしょうか?次章にて、2つの条件を満たしている企業文化の事例をご紹介します。

企業文化の成功事例

企業文化が経営にどのような影響をもたらすのでしょうか?ここでは、企業文化が企業価値の向上と圧倒的な競争優位性に繋がったザッポスの事例、不測の事態において適切な意思決定に導いたジョンソン・エンド・ジョンソンの事例をご紹介します。

企業文化の事例1:ザッポス

ザッポスは約830億円でAmazonに買収された、アメリカの靴のオンラインショップです。ザッポスは、企業文化を経営の中心に据え、企業文化が競争優位に直結すると考えています。

ザッポスには「コア・バリュー」と呼ばれる自社の価値基準があります。「コア・バリュー」は従業員の意思決定の拠り所となっており、従業員は「自分の対応はトニー・シェイ(CEO)でもする」と言えるほど、意思決定への自信にも繋がっています。実際に、ザッポスでは現場に多くの意思決定権を委譲し、顧客に最高のサービスを提供することに成功しています。

企業文化を競争力の源泉としているザッポスは、採用プロセスにおいても企業文化への共感と適合を重要視しています。どんなに能力が高くても、企業文化とマッチしない人材は採用しないというポリシーを持っています。また、採用後に企業文化とマッチしないと感じて入社を辞退した場合には、採用辞退ボーナスを提示しているほど、徹底しています。

【ザッポスのコア・バリュー】

  • サービスを通して、WOWを届けよ(Deliver WOW Through Service)
  • 変化を受け入れその原動力となれ(Embrace and Drive Change)
  • 楽しさとちょっと変わったことをクリエイトせよ(Create Fun and A Little Weirdness)
  • 間違いを恐れず、創造的で、オープン・マインドであれ(Be Adventurous, Creative, and Open-Minded)
  • 成長と学びを追求せよ(Pursue Growth and Learning)
  • コミュニケーションを通して、オープンで正直な人間関係を構築せよ(Build Open and Honest Relationships With Communication)
  • チーム・家族精神を育てよ(Build a Positive Team and Family Spirit)
  • 限りあるところからより大きな成果を生み出せ(Do More With Less)
  • 情熱と強い意志を持て(Be Passionate and Determined)
  • 謙虚であれ(Be Humble)
石塚しのぶ「ザッポスの奇跡」廣済堂出版

企業文化の事例2:ジョンソン・エンド・ジョンソン

ジョンソン・エンド・ジョンソンには「当社の信条(Our Credo)」という、明確に言語化されたドキュメントがあります。「当社の信条(Our Credo)」には、ジョンソン・エンド・ジョンソンが顧客(患者や医療従事者など)、従業員、地域社会、株主に対し、どのような優先順位で、どのような責任を持ち、どのように振る舞うべきか記載されています。

1982年、青酸化合物が混入されたジョンソン・エンド・ジョンソンのタイレノール(解熱鎮痛剤)を服用した消費者7人が死亡する事件がアメリカで起きました。シカゴという限定的なエリアで起きた事件でしたが、ジョンソン・エンド・ジョンソンはただちにアメリカ全土でタイレノールを回収する措置をとりました。

なぜなら、「当社の信条(Our Credo)」で最優先すべきステークホルダーは顧客と明文化していたからです。明文化された企業文化は従業員の間で浸透し、不測の事態における適切な意思決定をするための判断軸として機能します。

以下は、ジョンソン・エンド・ジョンソンの「当社の信条(Our Credo)」の顧客に関する部分の抜粋です。

【ジョンソン・エンド・ジョンソンの「当社の信条」抜粋】

我々の第一の責任は、我々の製品およびサービスを使用してくれる患者、医師、看護師、そして母親、父親をはじめとする、すべての顧客に対するものであると確信する。顧客一人ひとりのニーズに応えるにあたり、我々の行なうすべての活動は質的に高い水準のものでなければならない。

我々は価値を提供し、製品原価を引き下げ、適正な価格を維持するよう常に努力をしなければならない。顧客からの注文には、迅速、かつ正確に応えなければならない。我々のビジネスパートナーには、適正な利益をあげる機会を提供しなければならない。

ジョンソン・エンド・ジョンソン企業サイト

企業文化は経営の核となる

企業文化は企業をあるべき姿に導きます。そのため、企業文化はトップによって戦略的に創造され、従業員が適切な意思決定ができるように明文化され、浸透していることが重要です。企業文化を見直す際や新しく作る際は、従業員満足度調査エンゲージメント調査を活用して、現状の企業文化に対して従業員がどのように感じているか確かめることをおすすめします。本記事が今後の企業文化づくりのお役に立てば幸いです。

【参考文献】

  • 新原浩朗.「日本の優秀企業研究」.日経ビジネス人文庫, 2006
  • 新原浩朗. 「組織の経済学のフロンティアと日本の企業組織」. 日本経済新聞出版, 2023