副業解禁の波に乗る前に知っておきたいメリット・デメリット|本業のパフォーマンスを高める効果はあるのか?

2017年に日本政府が副業解禁を促進し始めたことにより、副業を解禁する企業が少しずつ増えてきています。しかし、副業解禁は企業にとって本当にメリットはあるのでしょうか。また、想定されるデメリットやリスクはどのように対処すればいいのでしょうか。本記事では、副業解禁によるメリット、デメリットを解説し、副業制度を導入した企業事例や副業が本業のパフォーマンスに与える影響についてご紹介します。

この記事を監修した人
青山 愼
青山 愼

立命館大学経済学部卒業。早稲田大学ビジネススクールでMBAを取得。在学中に、「組織学習」や「個人の知の獲得プロセス」に関する研究を経て、リアルワン株式会社を設立。企業や組織が実施する各種サーベイ(従業員満足度調査・360度評価・エンゲージメントサーベイ等)をサポートする専門家として活動。現在は累計利用者数が100万人を超え、多くの企業や組織の成長に携わる。

副業解禁が促進されている背景

2017年、政府は「働き方改革実行計画書」の中で、これまで多くの企業が認めてこなかった副業を促進する方針を示しました。これを受けて、2018年に厚生労働省はモデル就業規則を改定し、「副業・兼業促進に関するガイドライン」を策定しました。

副業・兼業を希望する方は、近年増加している一方で、これを認める企業は少ない。労働者の健康確保に留意しつつ、原則副業・兼業を認める方向で、副業・兼業の普及促進を図る。
(首相官邸 2017)

厚生労働省によるモデル就業規則の改定

2018年、厚生労働省はモデル就業規則を改定しました。この改定では、「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という規定が削除され、「労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる」と変更されました。

つまり、これまで「原則禁止」とされてきた副業が「原則容認」になったのです。モデル就業規則に強制力はないものの、多くの企業がこのモデル就業規則を利用していることから、政府の政策転換が企業に与える影響は少なくないと考えられます。

副業・兼業の促進に関するガイドラインの公表と改定

2018年、厚生労働省は「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を公表しました。本ガイドラインでは、これまでの裁判例や学説議論から、本業への支障が生じない場合は、副業・兼業を制限できないことをルールとして明確化しました。

その上で、企業が労働者に副業を容認する際に、どのような点に留意すべきかまとめられています。例えば、労働時間管理や健康管理の考え方や対応方法などについて記されています。

2022年には2度目のガイドライン改定が施され、副業・兼業に関する情報の公表に関する内容が追加されました。具体的には、ウェブサイトや求人票で副業・兼業への対応状況について社外に公開することを推進しています。

副業を解禁するメリット

従業員の副業を容認することで、企業はどのようなメリットが得られるのでしょうか。主なメリットを3つご紹介します。

1. 従業員のスキル向上

すでに持っているスキルを活かして副業を始める人、本業では担当していない仕事にチャレンジするために副業を始める人がいます。前者ではもともと持っていたスキルが磨かれ、後者では、新たなスキルが身につきます。そして、いずれのスキルアップも本業で有効活用できる余地が十分あります。

さらに、本業とは異なるメンバーと一緒に働いたり、異なる企業文化に触れたりすることで、コミュニケーションスキルの向上や価値観の多様化も期待できます。

このように、副業は社外での実践的な研修としての役割を果たし、従業員は副業を通じてハードスキルとソフトスキルの両面を高めることが可能となります。

2. 自律的なキャリア形成の促進

副業は、従業員の自律的なキャリア形成を促進させます。なぜなら、副業先を見つけるという行為が自身のキャリア形成を考える第一歩に近いからです。

まず、副業先を探すという段階では、従業員は自身でキャリアの棚卸しを実践します。そして、自分の強みや弱みを再確認し、強みを伸ばすあるいは弱みを克服する、また、すでに持っているスキルを活かしつつまだ持っていないスキルを身につける方法などについて考えるようになります。

副業を開始した段階では、実践を通じてスキルや経験を身につけます。スキルを身につけると、今度はどのようにそのスキルを本業や副業で活用しようか考え、自ずとキャリア形成について考え、行動するようになります。

3. 優秀な人材の確保

自社の従業員に対して副業を解禁すること、副業人材(別の企業で雇用されながら、就労時間外に別の仕事を請け負う人)を受け入れることは、優秀な人材を確保する手段としても有効です。

株式会社BLAMがビジネスパーソン100名を対象に実施した「ビジネスマンの副業に関する実態調査」では、約90%のビジネスパーソンが副業禁止の会社には所属したくないと回答しています。副業をオフィシャルに解禁している企業の方が、求職者から選ばれやすい傾向にあるため、人材確保の観点でも副業解禁は重要な役割を果たすと言えます。

また、副業人材を受け入れることにもメリットがあります。一時的に必要になった専門的な知識を持つ人材をスポット的に確保できることで、仕事の質の面でも、予算的な面でも有効であると考えられます。

副業を解禁するデメリット

副業の容認はメリットだけではありません。副業制度を検討する際はデメリットを押さえておくことも大切です。ここでは副業解禁における代表的なリスクを挙げ、次章にて副業を解禁している企業事例を通じて、リスクを減らす施策をご紹介します。

1. 従業員の健康リスク

本業以外の仕事をすることは、働く時間や仕事で受けるストレスを増やすことにつながります。従業員が本業と副業のバランスをうまく取れない場合、長時間労働による疲労やストレスで体調を崩す恐れがあります。

2. 本業の生産性に関するリスク

健康リスクとも関連する内容ですが、副業による疲労などが原因で本業のパフォーマンスが落ちてしまう可能性があります。また、副業をきっかけに優秀な人材が本業を離れ、転職や起業をしてしまうこともあり、その結果、自社の生産性が下がってしまうことが懸念されます。

3. 機密情報の流出リスク

副業を解禁することで、機密情報流出のリスクが上がります。「秘密保持義務」や「競業避止義務」を確保するためにも、改めて会社の機密情報の取り扱いについて従業員と確認し合う必要があるでしょう。

副業を解禁している企業の事例

副業解禁のリスクをコントロールしながら副業を促進している企業の事例をご紹介します。

【副業解禁の事例】ソフトバンク

ソフトバンク社は日本の携帯電話市場が飽和状態に近づいてきたことをきっかけに、このままのやり方では成長が見込めないと判断し、働き方改革を推進しました。

ソフトバンク社の働き方改革では、「さらなる新規事業の創出」と「既存事業の活性化」が目的として掲げられました。この働き方改革の具体施策の中に「イノベイティブ&クリエイティブな風土の醸成」があり、社外活動(副業)と社外交流が促進されるようになりました。

ソフトバンク社は人事規定から副業を原則禁止とする文言を削除し、申請して許可が降りれば副業を認めるようになりました。ただし、従業員には基本姿勢として、ソフトバンク社での仕事が本業で、副業はあくまで「副」として取り組むことを求めています。

【副業を認可する基準】

  • 本業に影響を与えないこと
  • 本人のスキルアップや成長に寄与するもの

【副業を認可しない基準】

  • 他社との雇用関係を結ぶもの
  • 十分な休養がとれなくなるもの
  • 社会的信用を傷つけるもの
  • 同業他社に関わるもの
  • 公序良俗に違反するもの

副業の承認申請がおりると、従業員はソフトバンク社との誓約事項に同意することになります。この誓約事項の中には、会社の備品を使用しない、会社の情報を漏洩しないなどのルールが記載されています。

【副業解禁の事例】サイボウズ

サイボウズ社は「キントーン」などのクラウドサービスを提供しているIT企業です。2005年当時、サイボウズ社の売上は伸びている一方で、高い離職率が課題となっていました。

そのため、サイボウズ社では、従業員から意見を集め、多様な働き方を可能にする制度をつくりました。具体的には、ライフステージの変化に合わせて働き方を選択できる「選択型人事制度」、突発的な在宅勤務を可能とする「ウルトラワーク」、退職後6年以内であれば復職できる「育自分休暇」などがあります。この流れで2012年に副業が解禁され、就業規則から「副業禁止」の文言が削除されました。

また、サイボウズ社は社員数を増やすことよりも、自社への協力者を増やすという考え方を持つようになり、2017年からは他社との兼業を前提とする「複業採用」を始めました。

「複業採用」とは、他社で雇用契約を結んでいる人やフリーランスの人がサイボウズ社で週何日か働くという採用形態です。これにより、通常の採用形態では出会えなかった、専門的な知識や技術を持つ人材も採用できるようになりました。

副業解禁は本業のパフォーマンス向上につながるのか

「働き方改革実行計画」では、副業を通じて得られたスキルや人脈が本業で活かされることが期待されています。例えば、新しいビジネス機会の発見やオープンイノベーションなどが挙げられます。

副業の有無と本業のパフォーマンスについて検証した川上氏らの研究(※1)では、分析能力や思考力を要するタスクを持つ労働者(管理的職種、情報処理技術者、専門的・技術的職業従事者など)に関しては、副業を保有している方が本業の賃金率を上昇させることが示されています。

また、パノスらの研究(※2)でも、副業を持っている人の方がスキルアップを通じて転職や起業を成功させ、年収アップを実現していることが明らかになっています。

これらの研究により、副業で得られたスキルや経験は、本業のパフォーマンス向上や新規ビジネスの創出につながるのではないかと考えられます。

しかし、リクルート・キャリアが実施した「兼業・副業に対する企業の意識調査(2018)」にて、企業が副業を認可している理由の第1位であり、全体の42.5%を占めていた回答は、「特に禁止する理由がないから」でした。次いで全体の38.8%を占める第2位は「社員の収入増につながるから」でした。

この調査結果から、多くの企業の副業解禁の動機が従業員のスキル向上やイノベーション創出ではないことが分かります。副業解禁を通じて自社の利益を向上させようという意識の低さは今後の日本企業の課題であると言えます。

もし、副業を解禁したのに自社に何も良い変化をもたらしていないと感じている場合は、副業解禁の目的と制度や施策が、求めている結果(利益向上やイノベーション創出)につながるように設計されているか、見直してみましょう。

副業解禁は戦略的に

副業解禁や副業人材の受け入れは、単なる労働力の確保という視点で考えるのではなく、自社の競争力や利益を向上させるために必要なアクションとして捉えて、組織システムの中に取り組む必要があります。

そのため、副業解禁の際は、就業規則を書き換えて条件やルールをつくるだけではなく、経営戦略、トップ・マネジメントのスタイル、企業文化、評価システム、事業構造などとの整合性についても考えることが大切です。

また、副業を解禁した際には、副業がどのように本業に役立っているか測ることも重要です。上司による部下へのヒアリングはもちろん、360度評価満足度調査エンゲージメント調査などを活用して副業の効果を把握しましょう。

【参考文献】