エンパワーメントとは?権限委譲を推進するための方法や成功事例をご紹介

近年、組織のパフォーマンスを上げる経営手法として「エンパワーメント」が注目されています。ビジネスシーンでは、エンパワーメントとは「従業員一人ひとりが能力を発揮し、自らの意思決定により自発的に行動できるようにすること」を意味します。本記事では、エンパワーメントの概要、メリット、具体的な推進方法、国内外の成功事例をご紹介していきます。

この記事を監修した人
青山 愼
青山 愼

立命館大学経済学部卒業。早稲田大学ビジネススクールでMBAを取得。在学中に、「組織学習」や「個人の知の獲得プロセス」に関する研究を経て、リアルワン株式会社を設立。企業や組織が実施する各種サーベイ(従業員満足度調査・360度評価・エンゲージメントサーベイ等)をサポートする専門家として活動。現在は累計利用者数が100万人を超え、多くの企業や組織の成長に携わる。

エンパワーメントとは?歴史的背景と定義について

エンパワーメントとは、直訳で「力(パワー)のある状態にする」という意味です。17世紀に公的な権限や法的な権限を与える言葉として使われ始め、1950年代の公民権運動を機に「エンパワーメント」という言葉が社会に広まりました。

ビジネスの世界においては、グローバル化や企業の巨大化が進み、競争に勝つために迅速な意思決定が必要となりました。しかし、官僚的な組織体制では意思決定のスピードを上げること、市場のニーズに競合よりも早く応えることが難しい状況でした。そこで、「従業員一人ひとりが能力を発揮し、自らの意思決定により自発的に行動できるようにする」すなわち、意思決定権を経営層から現場へと委譲する「エンパワーメント」が進められるようになりました。

エンパワーメントが注目されている3つの理由

エンパワーメントが注目されている理由として、以下の3点が挙げられます。

1. 内発的動機づけのため

エンパワーメントには、従業員のモチベーションを向上させる効果があります。決められたことを決められた手順で行うのではなく、従業員の意思で目標達成に向けて行動することを組織が承認することで、従業員は「信頼されている」、「期待されている」という気持ちになります。自分の意思決定で社内や顧客に良い影響を与えられたという体験を積み重ねることで自己効力感が高まり、仕事のへのモチベーションがさらに向上していきます。

2. 次世代リーダーの育成のため

不確実性が高く、技術の進歩が激しい昨今においては、従来の経営戦略や経営手法では企業は生き残れなくなってきています。既存のリーダー層はもちろん、今後新しくリーダーになる層も意思決定をする局面が増えてくるでしょう。しかし、意思決定のスキルは研修だけでは身につきません。小さな意思決定であっても、早めに多く体験できることで次世代のリーダーが育っていくと考えられます。

3. 多様な働き方に対応するため

ここ数年でリモートワークが急激に浸透しました。上司が部下を物理的に監視できない状況が増え、エンパワーメントせざるを得ないケースも出てきています。今後、エンパワーメントを適切に推進できない企業は、効率や生産性を落としてしまう可能性があります。

エンパワーメント推進の5ステップ

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マネジャー層や従業員は、いきなり意思決定権を委譲されても戸惑ってしまいます。ここでは、組織的に権限移譲を推進し、エンパワーメントの文化を浸透させるための具体的なステップをご紹介していきます。

【ステップ1】エンパワーメント推進を宣言する

組織的にエンパワーメントに取り組む場合には、エンパワーメントを推進する旨を宣言するところから始めます。経営陣から宣言をすることで、現場のマネジャー層が部下へのエンパワーメントを意識するようになります。

また、エンパワーメントを宣言する際には、なぜエンパワーメントを自社が行わなければならないのか、エンパワーメントの結果として何を求めているかについても説明しましょう。

【ステップ2】目的への合意・共感を得る

エンパワーメントを推進するためには、組織の目的や存在理由を明確にしなければなりません。目的とは、会社と従業員が行うすべての取り組みの方向性となります。さらに、目的は従業員がその会社で働く理由ともなるため、共感を得る必要もあります。

ここで言う目的は、パーパスやミッションのように大きすぎるものではなく、ビジョンや行動規範のように行動に落とし込めるような解像度であること、複数ある場合には優先順位が決められていることが望ましいと言われています。会社及び顧客の利益になることが何かを明確にすることで、従業員はそのために行動するようになります。

上司から部下にプロジェクトを任せるようなシーンにおいても上記と同様に、プロジェクトの目的、期待する行動の範囲、意思決定する際の優先順位について合意と共感を得る必要があります。

【ステップ3】情報をオープンにする

エンパワーメントされた従業員が自ら意思決定をしていくためには、情報が必要です。必要な情報は任せている仕事内容にもよりますが、関連のある情報には従業員がしっかりアクセスできる環境を整えておきましょう。

また、情報の集めやすさも重要です。情報の保管ルールを組織内で定め、必要な時に最新の情報をスムーズに入手できる仕組みを構築しておくことが大切です。そのため、エンパワーメントを会社全体として推進する際は、上司部下の関係だけではなく、組織のインフラを見直す必要もあります。

【ステップ4】自由な行動を認める

組織行動に関する諸研究より、多くの人が仕事上で一定の選択権や発言権を望んでおり、それがコミットメントやパフォーマンスへの改善に繋がっていることが分かっています。

例えば、ロバート・バーゲルマン氏とジョセフ・バウアー氏は、個人及びユニットの自主性と企業内の革新的なアイディアの増大との正の相関を明らかにしました。また、ケネス・W・トーマス氏らは、自由選択がエンパワーメントやモチベーションに及ぼす影響を強調しています。

海外では、エンパワーメントについて「枠組みの中の自由」と表現されており、エンターテインメント業界のような比較的自由度の高い業界から、航空業界など規制やルールが多い業界でも「枠組みの中の自由」が機能しています。

【ステップ5】失敗を許容し、適切にフォローする

エンパワーメントを成功させるにおいて、従業員の失敗を許容する姿勢は不可欠です。しかし、どんな失敗も認めるわけにはいきません。そのため、エンパワーメントしている従業員の職位や役割に合わせて、許容できる失敗の範囲を設定しておきましょう。

また、従業員が失敗した場合や失敗しそうな場合は、上司にあたる人物が適切にフォローできる状態にあることも重要です。そのためには、権限移譲している仕事内容と相手の能力を考え、業務遂行にあたってどのような難所があるかをお互いに確認し、失敗する可能性があるポイントを事前に把握し、リスクの低減に努めることをおすすめします。

また、取り返しのつかない失敗になる前に、上司や周囲が小さなミスに気がつくことができるように、定期的に報告する機会も設けておくことも大切です。

エンパワーメントに向いている仕事・向いていない仕事

エンパワーメントには様々なメリットがありますが、仕事内容によってエンパワーメントに向いているものと、エンパワーメントに向いていないものがあります。ここでは、一般的にエンパワーメントに向いている仕事や場面、向いていない仕事や場面をご紹介します。

【エンパワーメントに向いている仕事・場面】

  • 緊急性の低いタスク
  • 失敗しても、組織全体への影響が少ないタスク
  • 他部署との調整がそれほど必要ではないタスク
  • 段取りが明確で能力育成に適したタスク
  • 従業員の能力ややる気が任せようとしているタスクと適合している場合
  • 上司に部下を適宜フォローする余裕や責任をとる覚悟がある場合

【エンパワーメントに向いていない仕事・場面】

  • 緊急性が高いタスク
  • 組織全体へのリスクが大きなタスク
  • 他部署との調整がかなり必要なタスク
  • 能力育成に適さない、不確実性の高いタスク
  • 従業員の能力ややる気が任せようとしているタスクと適合しない場合
  • 上司に部下を適宜フォローする余裕や責任をとる覚悟のない場合

エンパワーメントの成功事例

ここでは、国内外の企業のエンパワーメント成功事例をご紹介します。エンパワーメントを成功させるために、それぞれの企業がどのような工夫を施したか見ていきましょう。

エンパワーメントの事例:ネットフリックス

米国のネットフリックスはマネジメントにおける無干渉主義で有名な企業のひとつです。ネットフリックスでは、事あるごとに承認を求める必要がない状況で、従業員は最高の仕事をすると考えられています。同社の従業員は、戦略的優先順位が記載されたドキュメントを基に、自由に意思決定をしていいことになっています。

自由を行使するためには、このドキュメントに記されている内容をしっかり理解し、時には議論する必要があります。このように、従業員の事業への幅広く深い関与を要する点が、ネットフリックスにおいてエンパワーメントが成功している秘訣と言えるでしょう。

エンパワーメントの事例:アラスカ航空

アラスカ航空とは、米国アラスカ州を拠点する比較的小さな航空会社です。「何が何でも」をスローガンとし、顧客満足度やロイヤリティ向上に努めていました。しかし、同社は2000年の墜落事故をきっかけに経営や管理体制を見直し、厳しいルールを設けるようになりました。これにより、現場スタッフは裁量権を失ったことで不平不満が募り、顧客サービスの質の低下を招きました。

そこで、アラスカ航空の経営陣は再び「現場の主体性」に立ち戻ろうと考えました。しかし、今回は「何が何でも」ではなく、「安全」「気配り」「サービス提供」「見栄え」を基準として設定し、意思決定の範囲を定めました。そして、これらの基準だけではなく、会社がどのような状況にあるか、今後はどのような方向性になるのかについて徹底的に研修を行いました。

その結果、アラスカ航空は「ウォール・ストリート・ジャーナル」の国内エアラインランキングにて、4年連続で高い定時運航率を記録し、JDパワーの顧客満足度ランキングではトップに選ばれました。

エンパワーメントの事例:ファミリーマート

大手コンビニチェーンのファミリーマートは、これまで本社に権限を集約させ、地域の取り組みも本社主導で行っていました。本来、チェーン店の強みは全国で同水準のサービスを提供できることですが、ファミリーマートは地域密着型のサービスに方向転換し、現在では本社をスリム化し、現場の意思決定権限の範囲を広めました。

地方のフランチャイズ法人や店舗への権限委譲を決めた際、ファミリーマート本社は組織全体がブレない仕組みづくりに注力しました。具体的には、人材教育、マーチャンダイジング、ロジスティックスなど、経営に関わる根幹の部分は本社が担い、それ以外の店舗マネジメントは現場に任せています。

また、「エクセレントスタッフ」として表彰制度を作ったり、優秀なストアスタッフを地域限定の社員として登用する「エクセレントトレーナー」という制度を作ったりし、現場で活躍しているスタッフの動機づけにも取り組んでいます。このように、エンパワーメントされたスタッフがより一層努力したくなる工夫も、ファミリーマートでは行われています。

エンパワーメントと従業員エンゲージメント

エンパワーメントとは、組織から従業員/上司から部下へ仕事の権限を委譲する取り組みです。エンパワーメントを実施することで、従業員の自発性やエンゲージメントの向上が期待できます。本記事でご紹介したエンパワーメント推進の5ステップや企業の成功事例を参考に、ぜひ自社にエンパワーメントの文化を取り入れてみてください。

また、エンパワーメントは仕事上の成果だけではなく、従業員のメンタルにも影響を与えます。エンパワーメントが従業員の負担になっていないか、モチベーションに繋がっているかなどについては、従業員満足度調査エンゲージメント調査で確認できます。エンパワーメントを推進する際は、従業員のこころの変化を押さえることも忘れずに行いましょう。

【参考文献】

  • グロービス経営大学院. 「【新版】グロービスMBAリーダーシップ」. ダイヤモンド社, 2014
  • ハーバード・ビジネス・レビュー
  • DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2018年 8月号. ダイヤモンド社. 2018